一本のからくり

雑感する葦の寝言


生き死にの果てに悟れる事ありや?

ひともとの葦枯れゆく水辺


人間は考える葦である。と、なんかパのつく苗字の昔のおっさんが言ってたそうで、

私は子供の頃、物を考えないと言うことを試みていました。

何回やっても失敗でした。

意識のある間は何かしら物を考えているし、考えないという行為自体が不可能みたいです。


生き死にの果てに悟れることあれど

枯れゆく葦に残す声なし。


昔、月の満ち欠けや四季の繰り返し、そして食物連鎖を見て、道徳的規範とそれを結び付けて、因果応報とか理由付けして輪廻転生を思いついた人がいたそうで、地獄や天国を想定するようになって、自然現象から乖離して体系化されて行ったのでしょう。


生き死にの果てに悟れる事も無く、

群れて枯れゆくひともとの葦


枯れ際に葦は思いました。


「俺は人間でなくてよかった。

無駄なことばかり考えて、意味なくそれに振り回されてさ、

じゃ、また来年、」


葦は多年草で地下茎が本体のような物、木と紙一重。

一つの水辺の葦が実は一本の葦ってこともあるかもしれない。

そうするとなんか、苗字にユの付くおじさんが、つながっているんだよ、って🎶、とかいいそうです。